第3話
人生最期の時に訪れた夫婦水入らずの日々
2014年 8か月の在宅介護・看取り
姑の介護を終えやっと夫婦水入らずの生活になった途端、夫K氏(70歳)の大腿部の肉腫が進行し医大での治療が始まった。受診と入院を繰り返しながら治療を続け、妻は毎日夫へ付きっきりの日々を過ごしていました。4年後医大より治療の終了を告げられて市内の慢性病棟へ転院。毎日夫へ付きっきりの生活を続けていました。病院では積極的な治療もなく痛み止めの持続皮下注射のみ、食事はペースト食でむなしい「夫は私がいないと気分消沈している」と。主治医の往診はいつあるのか判らない。「病院生活が3か月むなしく過ぎている」と妻の相談を受けた。「主人はこの病院はいやだと言う。私も何もしないでいるのは歯がゆい…家に帰って好きなものを食べ介護できないか?病院は何もしてくれないしここにいても何もすることがない」と。大腿部の肉腫は潰瘍化し毎日の処置交換と痛み止めの持続皮下注射は必要であるが、ご夫婦の強い希望を入れて退院することとなった。病院の退院カンファレンスで薬剤師の点滴薬剤管理・毎日の訪問看護・介護・電動ベッド活用で退院となる。
退院すると我が家の力は絶大でした。
翌日から本人の要望に応えるためにお粥は柔らかご飯に、毎日の食事は刺身に牛肉に、と介護しながらの妻の奮闘が始まりました。毎日の潰瘍部の処置と清拭は訪問看護と介護。着替えや排泄介護は妻と訪問介護でと、ケアチームができた時リクライニング車いすで縁側で過ごすこともできました。夫K氏は目覚めているときは片時も妻の手を離さず側にいることで安心していました。妻は夫が食べたいものを嬉々として整え、大腿部の潰瘍の交換も臆することなく愛おしそうに交換していました。
いろいろな病状変化に危篤状態も経験し訪問看護の緊急訪問・主治医の往診を受けながら8か月後、妻・兄姉に見守られて逝かれました。
症状が進行していく中、お互いに信頼に支えられたご夫婦の在宅介護生活をケアマネジャーとして見守れたことに感謝し多くの学びを得ました。
妻Kさんより「嫁に来た時は姑や小姑がいて苦労した。でも主人はいつも優しくしてくれていた」「県外から嫁に来たが自分の実家や兄姉とも仲良くしてくれていた」「でもこの家で夫婦で水入らずで過ごしたのは主人の介護ができた7年間だった。最期は家で主人の介護ができて本当に良かった。主人もありがとうと言ってくれ・私もありがとうと心置きなく言えた」と。「こんなひどい状態で家で介護できるとは思ってもいなかった」「看護師・ヘルパーさんには本当に頭が下がる」と。
夫が逝って7年になるが家で介護できた事が心の支えになっていますと。
毎月こころのオープンカフェに参加くださり近況報告を頂いています。